【快眠コラム】春と眠り

2023年3月22日

神川 康子

どうして春は眠いのか?

エムール睡眠・生活研究所の所長で富山大学名誉教授の神川と申します。「脳と心、身体の健康と睡眠」の研究に携わり、もうすぐ50年となります。快眠コラムというかたちで連載して情報発信を行ってまいります。最初のテーマは、「春と眠り」です。

冬の寒さが緩み、暖かくなりはじめると、寒さで夜中に目覚めていた回数が減り、白々と夜が明けるのにも気付かず眠れるので、「春眠暁を覚えず」という中国唐時代の詩人、孟浩然(もうこうぜん)の漢詩が浮かんできます。

春に眠気を強く感じる理由には様々な解釈があります。寒い冬に十分に眠れなかった睡眠負債(寝不足の蓄積)を取り戻そうとするからとか、眠りにとって好条件の温度環境になるからとか、というように、人体の生理学的な理由や、睡眠環境条件が挙げられる一方で、寒暖差の変化で自律神経が乱れ、だるさや疲れの回復感が得られず、朝起きにくい理由になったり、時には仕事や学校に遅刻した言い訳に使われたりすることもしばしばあります。

睡眠のための温度環境としては冬よりも良くなっているはずなのに、自律神経の適応が遅れて、起きにくくなっている場合も多いようです。

春の快適な睡眠は難しい?

このことからも、快適睡眠は一筋縄では確保しにくいことが分ります。寝室環境も整えながら、自律神経の乱れや、生体リズムの変化など、体調の変化にも配慮していかなくてはなりません。

とくに春は新生活がスタートする人生の大きな転換期にもなります。
例えるなら、私たちの目が真っ暗な空間に入ったり、突然明るい空間に出たりしたときにすぐには順応できないのと同様に、春になって心地よい暖かさになっても、身体、特に自立神経の働きは、すぐに対応できるわけではありません。
身体の適応にも、起きてすぐの活動にも、スムースな入眠(寝つき)にも、入浴の際の掛湯のように、いきなり湯船にドボンと浸かるのではなく、心臓に遠い所から徐々に手桶でお湯を掛けるように、血管に突然の刺激を与えないための準備時間(ウオーミングアップ)が必要なのです。

考えようによっては、冬の次に春が来て、徐々に夏の暑さがやってきて、秋になり、また冬を迎える日本の季節の変化は、身も心もウオーミングアップができる変化と言えそうです。冬と夏が交互でなくて良かったと改めて思います。

こんなことから、眠りも、日常生活も、ONかOFFの急激な変化ではなく、なだらかな変化を心がけたいものです。ダウンコートからスプリングコートに衣替えするように、冬用布団から春用寝具に、就寝時に照明を徐々に暗くして心のスイッチも徐々にリラックスモードにするように・・・。豊かでなだらかな自然環境の変化を楽しみながら、睡眠環境と睡眠習慣も調整していくと良いでしょう。

春の睡眠の日

この冬から春へと変化する時期に「春の睡眠の日」(2023年は3月17日)があります。夏から秋に向かう9月3日は「秋の睡眠の日」(Good Sleepにもかけています)が設定されています。
身体も心もスムースに適応できるように徐々に準備をしていきたいものです。

季節の話から、「春眠暁を覚えず」とよく似た、枕草子の「春はあけぼの。やうやう白くなりゆく山際、少し明かりて、紫だちたる雲の細くたなびきたる」も思い浮かびます。
ちょっと似て非なるというところでしょうか。こちらは「春は明け方が良い。だんだんと白くなってゆく山際の空が、明るくなってきて、紫がかった雲が細くたなびいているのが良い」というような意味ですが、この後、「夏は夜が良い」、「秋は夕暮れが良い」、「冬は早朝が良い」と、続きます。
時代や文化、環境こそ違いますが、私たち人間はどんなに文明が進化、発展しても自然環境の影響を受けて生活していることは、現代社会でも同じです。

もしかすると、現代では「春眠暁を覚えず」は、若者の睡眠(朝起きにくい様子)を象徴し、「春はあけぼの」は早朝覚醒の高齢者の睡眠を象徴しているかもしれません。

自分なりの快眠を探すヒント

いずれにしても私たちは、眠りを左右する多くの要因から影響を受けて、眠れたり、眠れなくなったりする生き物です。それも生きている証と言えるでしょう。

「どんな条件、要因なら私を快適に眠らせてくれるのだろう」と、これから一つ一つゆっくりと探ってみたいと思いませんか?
心地よい眠りの世界に近づくために、「快眠コラム」はこれからも続きます!

快眠のための過ごし方チェックリストを作りましたので、睡眠生活の見直しにお役立てください。

快眠のための過ごし方チェックリスト

執筆者/監修
Author

神川 康子

富山大学 名誉教授 博士(学術) 。一般社団法人日本睡眠改善協議会理事。日本眠育協議会理事。富山県公安委員会委員。富山県社会福祉協議会理事。40年以上に渡り、睡眠研究を行う。年間50回を超える講演を通して、睡眠教育の啓発に尽力。睡眠環境学入門ほか寄稿多数。